広島地方裁判所 昭和42年(ワ)375号 判決 1968年3月27日
原告 松永健吾
被告 国
代理人 村重慶一 外三名
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事 実<省略>
理由
一、原告が昭和三七年一〇月二七日から広島刑務所に在監中の受刑者であり、昭和四一年八月三〇日広島刑務所長に対し、株式会社有斐閣発行の図書「監獄法」購入のため、領置金使用願を提出したが、右刑務所長が同年九月一日不許可の処分をしたため、原告が昭和四三年二月一日まで右図書を入手しえなかつたことは当事者間に争いがない。
二、(証拠省略)によれば、原告は広島高等裁判所昭和四一年(行コ)第七号控訴人原告、被控訴人広島刑務所長間の行政処分取消請求控訴事件の遂行及び国に対する損害賠償請求事件の訴状作成上「監獄法」の閲読が必要であるとして前記領置金使用願を提出したもので、広島刑務所長のなした前記不許可処分に対し、広島刑務所長を相手として右不許可処分取消請求事件(第一審広島地方裁判所昭和四一年(行ウ)第二一号―原告勝訴、第二審広島高等裁判所昭和四二年(行コ)第七号事件―控訴棄却)を提起し、右抗告訴訟において、前記図書購入のための領置金使用願を許可しないのは違法であるとする原告勝訴の判決がなされ、右判決はすでに確定していることが認められるから、右図書閲読の制限は違法というべきである。
三、広島刑務所長のなした右違法処分が、同所長の過失によるかどうかであるが、被告主張の矯正局長通達によつても、(証拠省略)によつて認められる原告が右通達の適用において、四級の受刑者に準ずる者であることからすると、図書の購入は特に必要がある場合は許されると定められているのであるから、図書の購入は、受刑者に対する教化目的、逃走防止及び同刑務所内の管理運営上の見地からのみ一律にこれを制限すべきではなく、図書の購入禁止が直接受刑者の基本的人権の制限に触れるものであるだけに、具体的事案において、受刑者が憲法上保障されている裁判を受ける権利の行使との対比において、慎重に判断されるべきであるが、弁論の全趣旨に徴し、前記刑務所長のこの点の配慮が十分であつたとの心証をいだきがたく、また、被告主張の「監獄法」の閲読禁止が違法である旨の判例学説が明白に確立されていなかつたことを考慮しても、(証拠省略)により認められる広島刑務所長が、前示不許可処分が昭和四二年三月一五日広島地方裁判所において取消され、控訴審において右結論が認容されて確定した後もなお、原告に対し、右図書の閲読を許していなかつたことからすると、同所長の原告に対する「監獄法」の閲読禁止の処置は、学説等において見解のわかれる法律上の問題について、一方の見解にしたがつてなした自己の判断と反対の裁判が確定したものであるとして、その過失を否定するのに躊躇せざるをえないし、他に同所長に過失のなかつたことを認むべき資料はない。
そこで、右違法処分に対する原告の慰藉料請求について検討するのに、原告が右違法処分の結果、その主張の訴訟遂行上支障を感ずる等精神的苦痛を受けたことは察知できるが、前記のとおり原告は昭和四三年二月二日から右図書の閲読を許されていて、弁論の全趣旨により前記行政処分取消請求控訴事件がなお審理中であることが認められることによると、今後原告が右図書から得た知識をもつて主張を尽しうる余地があるといえるし、原告主張の別件損害賠償請求事件についても同様右図書から得た知識を利用することが可能というべきであるから、原告が前記のとおり精神的苦痛をうけたことは否定しえないとしても、その程度は軽微であつて、慰藉料請求権を生ぜしめるものとは認めがたい。
よつて、原告の本訴請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 長谷川茂治 雑賀飛龍 篠森真之)